震災、そしてコロナ禍。
めまぐるしく環境が変わっても、
誠実であることに変わりはない。
1967年、京都の岡崎にオープンした京都ハンディクラフトセンターさん。
平安神宮の北に位置し、京都の伝統工芸「京象嵌」のほか、日本各地の工芸品がそろうお店です。
お店にさっそく入ると…たくさんの伝統工芸品がずらり!
取材でお伺いしたのは2023年の5月。
入国制限及びワクチン接種証明・コロナ陰性証明書の提示が不要となったこともあり、多くの外国人観光客が来店していました。
「想像以上のスピードで外国人観光客の方が戻ってきていると感じます」
と話すのは、京都ハンディクラフトセンターを運営する、アミタ株式会社の丸野 博之さん(以下、敬称略)。
50年以上も外国人観光客向けに販売してきた中で、伝統工芸品を取り扱うことの想いや苦労話、そして、越境事業のヒントをお伺いしてきました。
コロナ禍で再確認した、「地域社会との共生」
――京都ハンディクラフトセンターさんは実店舗とオンラインショップを運営されていますが、実店舗は50年以上の歴史があるんですよね。当初から海外の方がターゲットだったのでしょうか。
丸野開業当初は京都の伝統工芸品である「京象嵌」を訪日客へ販売していました。
そのうち、「日本の工芸品をもっと買いたいけれど、どこで買ったらいい?」という声が多くありまして。日本の伝統工芸品にもっと触れてもらえるようにと、京都ハンディクラフトセンターをオープンしました。
丸野昔は日本旅行といっても、決まったルートしか移動ができず、時間も制限されていたようです。
当店は見た目がお店っぽくなく、ビルなので、地元の方には「外国人が吸い込まれていく不思議なビル」と思われていたかもしれません(笑)。
▲団体向けの体験教室を行うフロア。海外客には日本の文化体験(着物、茶道、華道、書道)のほか、折り紙体験も人気。
――吸い込まれる(笑)。時代が変わるにつれて、客層に変化はありましたか。
丸野海外の方でいえば、インターネットでの情報普及が広がり、旅行の形態は変わりました。個人で来られる方が増えたと感じています。
通訳ガイドを連れて少人数で来られるというケースも多いですよ。
――確かに、私たちが入店したときも数組通訳ガイドを連れた方がいらっしゃいました。ちなみに、団体客と個人客の違いは何かありますか?
丸野団体のお客様は文化体験やお食事をされ、ショッピングも楽しまれますが、滞在時間はどうしても限られます。
一方で個人の方であれば、京都に数週間滞在されることもあるので、数日に渡ってじっくり工芸品を見る方もいらっしゃいます。
中には、「あのお客様、1日おいでになるね!」となったこともありますよ(笑)。
――1日中!でも、なんとなく気持ちが分かります。これだけたくさんの商品があったら迷ってしまいますね。
▲京都ハンディクラフトセンター 西館の1階。木版画や京人形、装飾刀など日本の伝統的な文化やアートに特化したものが並ぶ。取材に訪れた日も、通訳ガイドが外国人観光客に1点1点説明していた。
▲東館はライフスタイルの中で気軽に使える日本製品が中心。ずらりと並ぶ商品数に、取材メンバーもつい足を止めて見学してしまう。
▲京都で唯一の職人さんが作る「京こま」。愛らしいフォルムに、こなれた配色が見事。安土桃山時代から続く伝統工芸品。
――外国人観光客の割合が多いお店ということで、ぜひ京都ハンディクラフトセンターさんにお伺いしたかったのですが、コロナ禍の数年で最も大変だったことはありますか?
丸野数十年外国人観光客向けに店舗を運営しているので、実はコロナ禍の前から大変な時は何度もありました。
記憶に残っている限り、一番大変だったのは震災の時。お店の多くが廃業してしまったんですよね。
今思えば、震災が一番のターニングポイントだったとも思います。
丸野コロナ禍においては、「先が読めない」というのが正直な気持ちでしたが、だからこそ新しいことに目を向けてみようと。
1つは、海外向けのオンラインショップに力を入れること。そして、もう1つは、地元の方々に信頼されるような取り組みをすること。
地元の方に愛されてこそ、商売させていただけていますので、改めて地域の大切さを認識し、何か貢献できるような取り組みができないかと地元の方を対象にした新規事業を立ち上げました。
丸野例えば、東館にオープンした「すりながしスタンド だしとうまみ」。
出汁をベースに、旬の野菜を使ったワンハンドの和食です。
元々、京都ハンディクラフトセンターでは京料理を提供していましたので、和食の「出汁」をテーマに、地域の方が楽しんでいただけるようなものが提供できないかと考えました。
見た目はスイーツっぽく、でも食べてみたら出汁!というギャップ。これまであまり来店しなかったような若い世代の方々に来ていただけています。
▲「だしとうまみ」イートインスペース。東館2階にあり、お土産屋を見たあとに休憩スペースとしても利用できる。
だしとうまみ 公式サイト
https://dashi-umami.com/
丸野また、西館の7階では「英語の絵本SAIKA」 をオープンしました。
販売のほか、ライブラリーやキッズスペースを併設し、気軽にグローバルに触れることができます。
▲1000種類を超える英語の絵本がずらりと並ぶ 「SAIKA」。本屋さんではあまり販売されていないシリーズも多数。
SAIKA 公式サイト
https://eigoehon-saika.studio.site/
――とっても素敵な施設ですね!近くに住んでいたら行きたいなあ。
これまでのインバウンド事業をベースに、新たな地域貢献の取り組みをされているということですね。
1000年以上続く京象嵌の技術。
正しい価値が職人を守ることに繋がる
――震災やコロナ禍になった時に、例えば「お店を閉めてまったく違う事業に方向転換しよう」といったことは考えられなかったのでしょうか。
丸野そうですね…、その考えには不思議といきませんでした。なぜでしょうね。
「本物の日本の伝統と文化」は、私たちにとって「不動」なんです。その根幹にあるのが、「京象嵌」の技術。
そこを変えようという話は一切出ませんでした。
――丸野さん自身は、日本の伝統工芸品の魅力はどこにあると思われますか?
丸野とっても繊細で、海外にはない洗練された美があると感じますね。
そういった伝統工芸品の美を起点に、人と人との繋がりができるのだと思います。
――開業のきっかけとなった「京象嵌」についてお伺いしたいのですが、千年以上もの歴史があるとのこと。どのような技術なのか教えていただけますか。
丸野とっても繊細で、地金に縦横斜めの溝を掘り、金や銀を打ち込んでいくのですが、古くは刀の鍔や武具などの装飾に用いられた技法です。
▲京象嵌のネックレス。かつては武具の装飾に使われた。
丸野当店には社員として、職人がいるんですよ。
ツアーなどでは、職人の作業風景を見ていただくこともあります。
丸野間近でお客様に見てもらうことで、伝統工芸品の価値が分かってもらえると感じています。
象嵌の技術を間近で見たお客様から「これほどまで繊細で確かな技術を、こんなに安い値段で売らない方がいい!」と、怒られたこともあります(笑)。
――お客様からですか(笑)。
でも、その方の気持ちがとっても分かります。実際に工程を見せていただきましたが、1つ1つの作業が本当に繊細でびっくりしました。細かい絵柄にも、例えば立体的に見えるように影を付けたりと、職人さんのセンスが光っていました。
▲肉眼で見ても、溝はなかなか見えない。
丸野象嵌って、それこそ昔は様々なお土産屋さんに販売されていたんです。
でも、なかなか売れない。だから価格が下げられ、結果として職人さんの手元に入るお金がなくなってしまう。また、模倣品が売られていた時もありました。
丸野その状況を見て、きちんと「価値を伝えられる場所」で売ることにこだわりました。
今は本来あるべき価格に戻し、その付加価値をしっかりお伝えすることが大事と考えています。
――実際に作業されているところを見たら、この価格で納得というか、「むしろ安い」って思っちゃいます(笑)。
――日本はあまり市場で価格交渉などせず、付けられた値段で買うイメージがありますが、逆に海外の方は、そのモノをきちんと見て、情報を聞いて、見合った価値で買ってくれるのかなとも感じました。
丸野日本人より、外国人観光客の方が勉強熱心なイメージもありますね。価値をしっかり理解していただいている方は本当に多いと。
▲最初の鉄生地づくりを習得するのに、2~3年かかるのだそう。 熟練の職人でしか作れない模様もあるのだとか。
――伝統技術の課題といえば、やはり後継者問題でしょうか。
丸野そうですね、伝統工芸全般かもしれませんが、京象嵌も後継者の問題があります。
京都全体で見ると、職人さんで若い方だと30代がいますが、大半は70代~80代。その方々がいなくなってしまうと、京都では象嵌技術が失われることになってしまいます。
丸野個人で作品を作り、販売されている方もいるのですが、やはり個人では限界がありまして。作るスキルはあっても、売り方が分からないなど、個々が抱えている課題があります。
丸野当社のビルやお店を生かして、何か京象嵌の技術を継承していくための工夫をしたいなと現在試行錯誤中です。
これまで工芸品を販売するノウハウを生かして実店舗での販売やオンライン販売など作り手の方々と一緒になって手を打っていきたいと考えています。
コロナ禍で確立された、オンライン×オフラインの道筋。
越境ECサイトが「カタログ」代わりに
――現在、外国人観光客の方は店舗にどれくらい来られていますか?
丸野桜のシーズンは特に忙しかったですね。一気に戻ってきたな、と感じます。
当店で販売している物は大量生産品ではなく、職人手作りの伝統工芸品が多いので、職人が追い付けない状態になった時もありました。
丸野オンラインショップを先に見てから来られるお客様も多いんですよ。「この商品はありますか?」と、画面を見せて聞かれることがよくあります。
――オンラインショップがまるでカタログのような役割になっているんですね。
丸野常にオンラインとオフラインは連動していると感じています。分けて考えるのではなく、どちらも繋がっているんだな、と。
▲英語向けのオンラインショップ。店頭では、オンラインショップの画面を見せてくる顧客もいるのだとか。
――オンラインショップを拝見したのですが、品数の多さにびっくりしました。どれくらい掲載されているのでしょうか?
丸野3,000点弱ですね。本当はもっと新商品を増やしていかないといけないのですが。
――3,000点!
ちなみに、商品の写真撮影や英語の説明、メールのやりとりといった運営は、すべてスタッフさんがされているのでしょうか?
丸野はい、すべて自社で行っています。店頭で接客の合間を見て、写真を撮ったり、商品説明の英訳を作ったりしています。
――それだけの数をすべてスタッフさんで対応されているなんて、ちょっとびっくりしました。
オンラインショップを運営するうえで気を付けていることや、大変な点はありますか?
丸野伝統工芸品は職人さんが1点1点作っていることから、「誠実に売ること」が欠かせません。
最初はSNSに商品だけをアップしていたのですが、人の顔が見えるようにと、次第にお客様の喜びの声やスタッフの笑顔を出すようになりました。
お店の中にフォトスポットも作っていますよ。
▲フォトブースには和傘などの小物も。商品を購入してもらうだけではなく、伝統工芸品に気軽に触れてもらえるきっかけにもなっている。
丸野大変な点は、オンラインショップの方が特にお客様とのやりとりが多いことですね。
実店舗に来ていただいた場合はその場で説明できるのですが、メールでは対面にはないやり取りも発生します。
丸野日本の伝統工芸品にこだわりのある外国の方って、私たちよりも知識があったり、または繊細だったりします。
実店舗だと、商品を見ているときに好みが分かるのですが、ネットだと届いたときに色や柄が「違う!」となることも。
味のある「かすれ模様」があっても、「不良品では?」と言われることもあります。逆にいえば、「それだけ日本のものづくり、モノに対して信頼も高いし、高い質を求められている」ともいえます。
丸野でも、中にはメールのやり取りをしているうちにスタッフと仲良くなって、「今度遊びに行くね!」と言ってもらえることもあるんです(笑)。
――まるで友達みたいですね(笑)。
丸野お客様と話すことが好きというスタッフが多いので、ファンになってもらえるのかなと思います。
丸野オンラインショップではないですが、実店舗に10年前に来たお客様が、その時応対したスタッフを目当てにまた来てくださったことがあって。
わざわざスタッフのために足を運んでもらえる、というのがとても嬉しかったですね。
――10年!お客様が覚えているというのがすごいです。会いに来てもらえるのは、実店舗があることのメリットですよね。
丸野実店舗のメリットでいえば、「その場の楽しみ」みたいなこともありますよ。
お客様の探しているものと実際の名称が違うことがありまして。
例えば、「箱根、箱根」と言われて、何を探しているのかと思ったら「寄木細工」のことだったり。
▲箱根の伝統工芸品、「寄木細工」。樹木の自然の色を生かして精密な幾何学模様が作られる。
――なるほど、箱根が寄木細工に繋がるんですね…まるで推理みたいです。
丸野オンラインショップの方も、そういう意味ではおもしろいキーワードがあります。
「侍」で検索されて、日本刀の商品ページを見ていたりなど。想定しているキーワードではないところでヒットすることもあります。
――まだまだ海外事業は未知な部分が多いですね。最後にお伺いしたいのですが、越境ECはこれからまだ伸びしろがあると思いますか?
丸野そうですね、まだ未知な伸びしろを感じます。
当社としては、オンラインショップもありますが、やはり「店舗」があることが強み。スタッフにも、とにかく「お客様と話すこと」というのを重視してもらっています。伝統工芸品をうまく海外の方へ伝える知識を増やしていってほしいなと思いますね。
――「ネットで見たから店舗に来た」という方もいらっしゃるんですね。オンラインショップがオフライン(店舗)にもすごく作用しているんだなと実感しました。
本日は取材、またフロアの見学まで、長時間ありがとうございました!
▲取材スタッフが気になった木組みパズル。お城好きの外国人が多く人気なのだとか。
▲「南部鉄器」。アメリカとヨーロッパでは購入する色形に差があるそう。アメリカの方は比較的はっきりした色が好みで、ヨーロッパの方は渋めを好み、色が激しいものは避ける傾向にある。
取材を終えて
はじまりは、「京象嵌」という伝統工芸品。そこから数年、数十年、たくさんの旅行客の方と触れ合い、また震災やコロナ禍という想像もしなかった出来事を経て、地域住民向けのサービスも手掛けられている点に驚きました。
「伝統工芸品は必ず作り手である職人がいるので、誠実かつ信頼を得て販売しなければならない」――。
取り扱うサービスが増えても、この原点の想いはきっと変わらないはず。
真摯な想いが、職人、旅行客、そして地域貢献事業に生かされる。だからこそ、持続可能な社会に繋がっていく。
観光事業者としての「在り方」を、私も見習っていきたいと思います。
京都ハンディクラフトセンター
京都市左京区聖護院円頓美町17
■ 公式サイト:https://www.kyotohandicraftcenter.com//
■ 販売サイト(英語):https://store.kyotohandicraftcenter.com/