【越境事業インタビュー】試行錯誤を経て拓けた、新たな伝統産業のカタチ/伊田繊維株式会社(群馬)
Written by aki
2023.01.11
Category: インタビュー 英語圏向けマーケティング 越境EC
1着の伝統着がもたらす、新たな縁。
みなさんは、「作務衣」という日本伝統の衣類をご存知でしょうか。
もともとは修行僧が働くときに着る作業着。
全身ゆったりとしたつくりですが、衿があるのでどことなく着物の雰囲気があり、引き締まった印象を受けます。
そんな作務衣ですが、実は今、「日本の伝統的なラウンジウェア」として注目を浴びつつあるんです。
今回は、海外向けのオンラインショップで作務衣を販売している伊田繊維株式会社の伊田 将晴さん(以下、敬称略)に、海外展開についてお話をお伺いしました。
「日本製」「高品質」を伝えるには――。
自社サイトだからこそできる「発信」の力。
(写真)英語向けオンラインショップサイト「WASUIAN」。すっきりと洗練されたサイトで、写真が引き立つ。
――伊田繊維様は、オンラインショップサイトで海外に販売されているんですよね。まずは、海外向けに販売しようとしたきっかけを教えてください。
伊田2017年以前から、海外の方に「購入したい」とご連絡をいただいておりました。
例えば、「海外へ送ってもらえますか?」「プレゼントとして海外に送りたいです」など。
海外から注文が入れば、適宜翻訳機を使ってメール対応をして、EMSで配送していました。
伊田その後、2017年から海外サイトの制作をはじめました。
当時、国内ではじめて「越境EC事業」関連の補助金が出たんです。補助金を使って海外向けサイトを立ち上げました。
――公式サイトのほかに、ECモールでもショップを立ち上げられたんですね!なぜ公式サイト以外にも目を向けられたのでしょうか。
伊田当時は本当に手探りだったので、どの販売チャネルがいいか分からず…。
自社サイトだけではたくさんの方に広まらないのではないかと、モールでも出店しました。
伊田公式サイト、Amazon、eBayと3つのショップで運用したのですが、正直に申し上げると、思ったより売れなかったんです。すべて中途半端に終わってしまったな、という印象でした。
――そうなのですね。ただ単にサイトをオープンするだけでは駄目、ということでしょうか。
伊田Amazonは、多少は売れたのですが、そもそも当社の作務衣がAmazonに向くかどうか、という点が難点でして。
Amazonを見ると、中国で作られた激安の作務衣も売っていたりするんです。
伊田伊田繊維の作務衣は、「日本製」「高品質」というこだわりがあります。
誰が、どうやって作務衣を作っているのか――。正直、Amazonでは伝えきれない部分が多いなと感じていました。
――そこから、どのようにしてサイトを改善されたのでしょうか。
伊田越境ECを専門としているコンサルタント企業様のお力を借りました。
コンサルタントの協力もあり、サイトからの購入状況はかなり良くなりました。
サイト上の導線や文言もそうですが、例えばモデルも、外国人のモデルさんに変更しています。
伊田あとは、Shopify(※)に乗り換えました。
とても使いやすくて、受発注や発送の処理も効率化できたかなと思います。
※Shopify…本格的なネットショップを開設・運用できるeコマースプラットフォーム。Wikipediaによると、2020年現在、世界175ヶ国以上で、100万以上の店舗に利用されている。
(出典:Shopify|Wikipedia)
――サイトをリニューアルしたことで、何か変わったことはありますか?
伊田突貫工事で作った当初のサイトで販売していた時よりも、明らかに売上が上がりました。
やはり、「ターゲット」を決めたことが良かったのかと思います。
売りたい人に対して、しっかりと説明することで、当初よりも段違いで注文が入るようになりました。
(写真)作務衣の選び方を図式でわかりやすく解説している。
――ちなみに、日本向けのオンラインショップと海外向けのショップ、どちらが売上の伸び率は高いのでしょうか。
伊田金額で言うと日本の方が大きいですが、実は海外向けのオンラインショップの方が伸び率は高いです。
国で言えば、アメリカの方が多いですね。
次いで、ヨーロッパ、フランス、ドイツ、イギリスなどの方からご購入いただいています。
――海外の方が伸び率が高く、かつ様々な国の方が購入している…おもしろい図式です。世界におけるニーズはまだまだ広がる可能性もありますし、これからも期待できそうですね。
伝統産業を継いでいくために、
「今」やるべきことを。
――「はじめは手探りで海外向けサイトを作った」とお話にありましたが、分からないことに挑戦するのは、怖くはなかったのでしょうか。
伊田業界を守るためには、まず「挑戦すること」は欠かせません。
正直、和装業界は厳しい状況にありまして、2兆円ほどあった市場も、今では減少傾向にあります。
伊田日本で和装が必要とされるシーンというのは、例えば七五三やお祭りなど、何かの行事で着ることが多いです。購入だけではなく、レンタルも増えています。
加えて、コロナの打撃も大きかったのかな、と。
怖いというより、「今やらないと、続けていくこと自体が難しくなる」からこそ、違う市場での挑戦が必要と感じました。
(写真)伊田繊維株式会社が所在する群馬県桐生市は、1,300年の歴史と伝統を持つ織物産地。創業60年超えの和装品メーカーとして、Made in Japanの織物を日本、そして世界へ届けている。
――海外展開の背景には、「日本の伝統産業の維持」というお気持ちがあったのですね。
伊田そうですね、技術を守るという点でも、海外展開は必須でした。
日本企業の多くが、海外に工場を置いているのが現状です。海外でものを作り、日本で販売するというのが主流になってきています。
伊田特に衣類業界は顕著で…
40年以上も前は半数が日本製でしたが、今やmade in JAPANは見かけることが少なくなりました。
中には日本製と書かれている衣類もありますが、実は日本の工場で、「安い賃金で雇った海外の方」が作り、安く販売しているという現状もあります。
それでは、やっぱり意味がないのかな、と。
実は、当社は、2017年に自社工場を建てたんです。
――自社工場まで建てられたんですね。その理由は何でしょうか?
伊田伝統産業を「売る」のは若手であっても、「製造する」のは年配ということが多いんです。
伊田繊維は、元々はファブレスで、製造は別の国内縫製工場にお願いしていました。
ですが、協力会社の社長さんも、とにかく年配の方が多い。
伊田いくら売れる販路が見つかっても、製造する方が年配だと、このままでは「ものづくり」そのものができなくなってしまうと感じました。
そこで、職人の方がまだ作業ができるうちに、職人の方から技術を継承するために、工場を建てたんです。
(写真)若手の日本の職人が増えるようにと建てられた工場。伝統産業をずっと継いでいくための「技術継承」にも力を入れている。
――伝統を売るだけではなく、技術を守っていくこともまた、業界の課題なんですね。
「衿がある」という日本らしさ。
伝統×ラウンジウェアで生まれる、
新たなライフスタイル。
――ところで、海外では「作務衣」の認知は高いのでしょうか?
伊田元々知っている人もいるし、まだ知らない方も当然多いですね。
本来、作務衣は「僧侶が作業をするときに着るもの」。ですが、当然そこに焦点を絞ると、市場が限られてしまいます。
そのため、日本においては作業着のほか、くつろぐときの服装や、私服としても着られると啓蒙してまいりました。
伊田海外の方にも、日本での認知の広がりと同じように、「服装の1カテゴリ」として作務衣を入れていただければいいのかな、と。
(写真)ゆったりとした着心地なので「くつろぎ着」としても使用できる。
伊田実は、コロナ禍を通して「ラウンジウェア」というカテゴリが出てきたこともありまして。
そこにターゲットを置き、作務衣を「日本の伝統的なラウンジウェア」と発信することにしました。
――「日本の伝統的なラウンジウェア」。おもしろいアイデアですね!
伊田コロナ禍で、必然と国内外問わず家にいる時間が長くなって…。「部屋着」というカテゴリが注目されはじめました。
自分用はもちろん、プレゼントとして「家で使うもの」にお金をかける方が増えたと感じました。
――ちなみに、作務衣のセールスポイントは何でしょうか?
伊田もともと作務衣は作業着なので、非常に機能性がいいです。
一方で、スウェットなど他の衣類と違い、衿があることがポイントなんですよ。
日本には「衿を正す」という言葉がありますよね。
気持ちを引き締め、物事を取り組む――そういった意味では、「何か作業をする」ときに、非常に向いている衣類なのだと思います。
伊田例えば、マインドフルネスや瞑想、座禅。読書など、何かに集中する時でもいい。
また、日本料理を作ったり、それこそガーデニングをしたりでもいい。
「和の良さを備えつつ、楽に着れる」というのもおすすめのポイントです。
(写真)衿があるのが和服ならでは。着ているだけでも「こなれた感」が出る。
――作務衣を購入される海外の方は、初めて購入するかリピーターか、どちらが多いのでしょうか。
伊田基本は新規が多いですね。しかし、海外の人でいえば、リピートも多いですよ。
甚平と違って、作務衣は冬用、夏用、デニム用、通年用などいろいろありますし、お手入れも洗濯機でできます。
気軽さもあり、「自分用にもう一枚」「試して良かったからプレゼント用に」と購入されているのかな、と思います。
――デニム地まであるんですね、驚きました(笑)。正直、和装というと、どこか着るのに「ルール」や「マナー」があるのかなと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
伊田ある意味、作務衣は「作法がない」ことも特徴かと。
洋服と違ってゆったりしたサイズ感ですし、中にパーカーやタートルネックを着る方もいますよ。
ZOZOTOWNなど見ていただければ、作務衣のファッションがいろいろ出てくるかと思います。
――パーカーを中に着てもいいんですか…?
伊田はい。合わせ方は自由です。
そのほか、作務衣に合う小物や靴も開発しています。
(写真)靴やカバンによってアレンジも楽しめる。靴は、老舗紳士靴メーカー「株式会社リーガルコーポレーション」と共に、試行錯誤と検討を重ねて開発したもの。「作務衣にぴったり合う靴」がコンセプト。
もちろん、一般的には下駄が合いますが、まずは認知を広げることが大切なのかなと思い、合わせる小物の開発にも力を入れています。
――靴まで! 作務衣って、こんなにもカジュアルに着れるんですね。ちょっと驚きました。
日本の伝統文化ならではの楽しみ方を。
作務衣を通して、業界同士を繋いでいく。
――海外からの認知を高めるために、SNSなど何か工夫していることはありますか?
伊田はい。
SNSに関しては、様々なアカウントを運用しています。
新規で購入される方は検索流入が最も多いので、今は「本物の作務衣を探している」というニッチな層の方が多い状況です。
「日本製ならではの良さ」という部分は、カタログやブログ、動画で説明していますね。
ブログは自動翻訳機を使って今は更新しています。
「情報を掲載する」ということが、まずは大事なのかなと。ウェブ上の記事は、ずっと残る資産にもなりますので。
(写真)ブログのほか、FacebookなどSNSの更新も行っている。
――最後に、海外向けのビジネスに関しての今後の展望をお聞かせください。
伊田作務衣は日本の文化と非常に相性がいいです。
例えば盆栽やお茶、華道など。楽に着れるのに、「ちゃんとしている」ように見えるのが良いところ。
今は販売だけですが、ゆくゆくは日本の文化体験と一緒にPRするなど、組み合わせて売っていけたらいいのかなと思います。
日本国内では、団塊世代の方たちが第二の人生を始める際に作務衣を購入してくださることもあり、市場を伸ばすことができました。
ですが、今後のことを考えると、海外にも広めていく必要はあるなと。
群馬県の桐生は、和装織物が有名な土地。受け継いできた日本文化を残していくために、日本企業の皆さんと頑張っていきたいと思います。
伊田実は今、作務衣を通して様々な繋がりもありまして。例えば、館内着を浴衣から作務衣に変える旅館も増えているんです。
様々な関わりを持てる衣類として、作務衣は本当に面白いなと感じます。
――確かに、様々なシーンでの活用ができそうですね。私どもも先月、シンガポールにてプロモーションを行った(※)のですが、何か日本の伝統着を持っていけば良かったなと思っていました。
伊田そういうシーンであれば、作務衣は本当におすすめですよ。
かっちりとしたスーツや和服よりもラフに着れますし、それでいて「日本らしさ」もアピールできる。
家紋を入れるなどのオプションもあるので、お店オリジナルのウェアとしても活用できると思います。
――衣類を通して、日本企業とも、世界とも繋がれる。作務衣ってとても奥深い衣類なんだなと感じました。
本日はありがとうございました!
取材を終えて
海外という未知なる世界へ販路を広げることは、伝統産業の販路と、技術をも守る手段である――。「怖いから」「分からないから」とあきらめるのではなく、手探りでもまず「やってみる」という真摯なひたむきさを感じました。
伊田繊維様のSNSやYouTube、ブログを拝見すると、とにかくコンテンツや更新頻度が多いことにも驚きました。
伝え続けることで、日本文化を取り巻く企業や、世界と繋がっていく。海外事業を目指す企業同士が繋がり、日本文化を浸透させていく未来を描いておられる点に、とても勇気をいただきました。
伊田繊維株式会社
〒376-0002 群馬県桐生市境野町6-429-1
■ 公式サイト:https://idaseni.com/
■ 販売サイト「和粋庵」:https://wasuian.com/