“Enjoy your Knives!”
日本の歴史や文化を、
包丁と共に一緒に持ち帰ってもらいたい。
2020年3月、京都市中京区に「土佐打ち刃物」のお店をオープンした由宗刃物さん。
開店当初はコロナ流行の真っ只中で、観光客は0。
しかし、SNSや越境ECサイトでの細やかな応対、また実店舗での実直な販売を通して、日本国内だけではなく海外ファンの人気も集めています。
そして、ファンを魅了するのはなんといっても土佐打ち刃物の「職人技」。
中でも黒打ちは、平らになるまで何度も何度も打ち込んだ職人の鍛造技術がむき出しに現れます。
無骨さの中に見える技術へのひたむきさ、こだわりに、つい見とれてしまう外国人も多いのだとか。
日本刀の技術から始まった、職人技の和包丁。
いったい、どのようにして外国人観光客に売れているのでしょうか。
海外展開にかける想いや施策、店舗オープン当初のお話などを、由宗刃物代表の田澤宏幸さん(以下、敬称略)にインタビューしました。
実店舗オープンの2週間後に「緊急事態宣言」。
2022年に入り、今では売上の8割が外国人に
――海外ビジネスはいつからはじめられたのでしょうか?
田澤輸出業は2年前からですが、実店舗は2020年3月のオープンです。
日本の包丁はその当時、特に欧米人に人気でしたので、欧米人が観光地として選びやすい「京都」に店を構えることに決めました。
田澤やっと土地が決まり、いざ実店舗で販売しようと思った矢先…2週間後には緊急事態宣言になってしまったんです。
――飲食店が休業を余儀なくされた時ですね。
田澤京都の飲食店も、ほとんどが閉まってしまいまして。当然、外国人観光客には来てもらえない状況でした。
国内においては、緊急事態制限によって京都の飲食店も臨時休業に。ただ、飲食店の料理人さんたちに休みができたことで、何人かお店を覗きに来てくれたんです。
田澤1人来てくれると、口コミで2人、3人と来てくれる方が増えまして。料理人さんに支えられる形で、今日まで運営できています。
京都府京都市中京区に店を構える由宗刃物さんの店内。観光客でにぎわう錦市場商店街の近くにあり、交通アクセスも良い。
――2022年10月現在、外国人観光客の戻りはいかがですか?
田澤この2~3か月で、少しずつ海外の方が戻ってきていると感じています。
オープン当初は1人で接客していましたが、今では数人アルバイトも雇っています。
――どんな国の人の方がいらっしゃいますか?
田澤欧米、イギリス、ドイツ、フランス人などです。ツアーで京都に訪れ、自由時間などにお店に来られる方が多いですね。
お店を立ち上げて、現在では売上の8割は外国人になってきました。今がようやくスタートライン、と思っています。
日本刀から始まった、日本の包丁技術。
500年続く匠の技が、このままでは、あと10年で無くなってしまうかもしれない。
田澤実は、私自身、これまで一度も飲食業界や刃物文化に触れたことがなかったんです。
――一度も!そうなんですね。では、何がきっかけで日本の包丁を海外に売ることになったのでしょうか。
田澤元々は、海外向けのコンサルティングをしておりまして。ビジネスを通じて、土佐の包丁製造会社様と知り合いました。
田澤話を聞くと、職人の高齢化が進み、さらには技術の担い手不足や職人に支払われる賃金の安さなど、様々な問題があり…。率直に、「土佐の刃物技術はこのままだと、あと10年程で職人が1人もいなくなってしまう」と感じたんです。
――「いつかなくなる」ではなく、10年…。かなり深刻な状況なんですね。
田澤そこで、海外展開がいいのではという話になりました。
包丁の中でも土佐職人の技術が詰まった「黒打ち」は、実はまだ海外にはあまり知られていないんです。
――黒打ち自体が海外では珍しいものなのでしょうか?
田澤一般的に包丁と言えばステンレスで、ピカピカしている印象を思い浮かべると思います。
黒打ちは磨く前の黒い鍛造刃に刃を付けたもので、なんといっても見た目がクール。まず海外の方は驚かれますね。
「黒打ち」と呼ばれる包丁。職人が一人前になるには10年程かかる。無骨な風合いが、職人の粋な技術を感じさせる。
産地を守るための、海外挑戦。
日本が誇れる伝統技術の力が、
きちんと受け継がれていく仕組みづくりを。
田澤数ある包丁の中でも、この土佐の「黒打ち」の需要を生み出す――そうすれば、ずっと作り続けられる仕組みができる。
職人の技術を後世に残し、かつ、職人の賃金向上にも繋げるために。そして、産地に還元するためにと、京都での工場直営店を始めました。
――売ることで、産地を守る。とても、心に響きます。私たちも今、奈良の日本酒を海外に売るプロジェクトをしているのですが、担い手不足や高齢化は深刻な問題だと常に感じています。
田澤伝統工芸文化のジャンルにおいて、基本的に抱えている構造や問題は一緒だと思います。
刃物職人で言えば、個人経営の方も多く、次の担い手がいないために継承が途切れてしまうことも多いです。
――だからこそ、海外に販路を求めることで、伝統文化の需要を守っていく。ということですね。
田澤日本の職人技術は、海外にはとても注目されていると思いますよ。包丁に関していえば、東京の合羽橋で販売したときに、海外の方にかなり売れたんです。
その後、京都は欧米の方に人気の観光地ですし、出店の話が持ち上がりまして。
自分が店舗運営に直接関わることで、「日本の伝統技術がなくなる危機を何か打破できれば」と思い、今に至ります。
田澤ただ、出店してすぐにコロナ禍になったこともあり…。今は少しずつ外国人観光客が戻ってきていますが、いつ状況が変わるか分からないので、店舗販売だけでなく越境ECにも力を入れています。
サイト自体は3年程前にできていたのですが、現在ではもっと専門的なノウハウを取り入れたいと、外部パートナーに委託して運営しています。
由宗刃物さんの越境ECサイト。「Kurouchi」が世界中に広まることで、伝統技術の継承にも繋がる。
“Enjoy your knives!”
日本の文化や歴史を、包丁と共に持ち帰ってもらえれば。
――包丁は、実物を触ってみないとその良さが分からないかな、とも思うのですが、どうやって海外にPRされているのでしょうか。
田澤まずは「認知してもらうこと」に焦点をあてています。特に力を入れているのはInstagramですね。
DMでイタリア人のシェフから「コラボしたい」という連絡がきたこともあります。
面白そうだと思い製品を送ってみました。
すると、まな板の上にトマトを置いたまま、上部だけをきれいに切る動画を撮ってくれて。
田澤様々な発信をしてくれることもあり、どんどん新しい包丁を送って試してもらって、それを見たユーザーがハッシュタグから販売サイトに飛んでくれるようになりました。
由宗刃物さんのInstagram。海外のフォロワーが多い。
田澤実店舗に関して言うと、日本の包丁が欲しいという方は、事前にお店を調査していることが多いですね。
肌感ですが、Google レビューで調べている方が多い印象です。
――海外の方に販売する中で、何か嬉しかったエピソードはありますか?
田澤一番嬉しかった言葉が、Googleのレビュー投稿で「honest」といただいたことです。
あと、「Professional」「smile」という単語。
私たちのポリシーとして、「お客様が一番納得する商品を、日本の文化と共に持って帰ってほしい」という点があるんです。
ですので、例えば「こんな商品ある?」と聞かれたときに、もし店舗に置いていなければ、他のお店を紹介することもあります。
そういった点が「honest」と評価されたのかもしれません。
――別のお店を紹介するのですか?
田澤はい。グーグルマップなどを見せて紹介しています。
ただ、結構当店に戻ってくる外国人の方が多いんです。おそらく他の店舗をいくつか回ったて比較したのか、1週間後に来てくれたり。
その時は、「Welcome back!」と言って迎えるんです。
田澤そういえば、1週間ほど京都に滞在していた観光客から、「この店に来て初めて日本人と会話した!」と言われたこともあるんです(笑)。
――それまでは会話をしていないということでしょうか(笑)?
田澤もしかすると、他店で英語が喋れるスタッフがいたとしても、単なる商品説明しかされないのかもしれません。
でも、購入者にとっては、包丁は高い買い物。しかも、たびたび日本に来れるわけでもないので、本当はいろんなことを聞いて、納得した上で購入したいはずなんです。
たかが包丁、されど包丁。自分の一本を選ぶって、きっとそういうことかな、と。
だからこそ、たわいもない会話も大切にします。「楽しんで帰ってもらう」を意識しています。
田澤最近気付いたことは、これって「Edu-tainment (EducationとEntertainment)の造語」だなって。
ここに来たら、包丁の文化や歴史を全部教えてもらえる――。「勉強になりました」と言って帰るお客様が多いんですね。
常に、お客様には「包丁を通じて日本文化や日本の歴史を持って帰ってほしい」と思っています。
田澤そうそう、口コミで言えば、スタッフに対して「legend」と書かれた事もあります(笑)。
――legend…直訳すると「伝説」ですね(笑)。
田澤Googleの口コミは、日本で見ると日本語に翻訳したものがでてくるのですが、それを見て来店した日本人の親子に「伝説の店だ」と言われました。
由宗刃物さんのGoogle Mapの口コミ。英語での口コミも多い。
――正直なところ、Googleの口コミは、何か対策などされているのでしょうか。
田澤Googleのレビューは、自然に書いてくれる人を待つようにしていますね。
強制的に書いてもらったり、書いたらプレゼントなどの施策もありますが、何もせずありのままの評価を待つことにしました。
結果として、高評価を付けてくださる方がほとんどで。
この土佐刃物とお店の営業スタイルが率直に評価されていることが、非常に嬉しく思います。
――包丁は、購入してからのお手入れが大変な印象があります。実店舗では、海外の方にどのように伝えていますか?
田澤鋼は錆びやすいので、接客の中で必ず「keep it dry」と伝えるようにしています。
接客中に1回、購入時に1回、そしてお見送りの際に1回。しつこいと思われるかもですが(笑)、それくらい重要なので。
購入された方も、お見送りの時には「分かった分かった」って顔をしてくれますね。
田澤あとは、お見送りの際に”Enjoy your knives!”とも伝えます。
――“Enjoy your knives”には、どういう思いがあるのでしょうか。
田澤日本の刃物文化や、その良さ、お手入れについて、私たちが伝えることは伝えた。購入した商品をどのように使うかは、「あとはあなた次第だよ」という意味です。
――なるほど。買って終わりではなく、自分たちの日常で使ってからが始まりなのかもしれませんね。“Enjoy your knives”という合言葉があるからこそ、なんだか使うたびに日本の文化を思い出して、ワクワクしそうです。
研げば20~30年も使える鋼の包丁は、日本では母から子へ代々受け継ぐこともある。接客を通して、商品の価値だけではなく、商品の歴史そのものも語ることを心がけているそうだ。
――逆に、大変だった点や、現在苦労されていることはありますか?
田澤ありがたいことに、苦労は特にないなと感じています。
お店で接客していても、とにかく日本の包丁に興味のある人が多いな、と。日本の刃物文化の成り立ちから聞きたいという人もいるくらいですよ。
田澤例えばヨーロッパは歴史を大切にする国なので、歴史文化に興味がある方々なんだな、と思います。日本の文化や歴史をお話すると、「これが日本だ!」と感激されます(笑)。
「包丁ができるまで」の動画。ずっと眺めている外国人観光客も多いのだとか。
――日本が「伝統文化を大切にしている国」だということを海外の方に感じてもらえると、すごく嬉しいですよね。貴重なお話、ありがとうございました!
取材を終えて
「訪日外国人観光客の受け入れが寛容になった今が、やっとスタートライン」と話す田澤さん。
数百年続く日本の職人技は日本が誇る文化であり、海外の方の注目度も高いと改めて感じました。
日本の伝統技術のひたむきな美しさ。
日本国内だけではなくたくさんの海外の方に、もっともっと浸透していくことを願います。
由宗刃物
〒604-8042 京都府京都市中京区中之町537-1 地下1階
■ 英語サイト:https://en.yoshimuneknives.com/